アナログアシ時代の思い出 その16

 

漫画賞で佳作を受賞したあとの
マック先生(仮名)のアシ時代のお話。


最初に一日だけお試しでヘルプに入った時は、
16時間ぶっつづけ作業食事なし休憩なしだったけど。

レギュラーで入ってみると、当たり前だけど食事はちゃんとあった。


週刊連載のマック先生の事務所の一週間のサイクルは次の通り

日月火 マック先生のネーム作業。
水木金土 作画期間(アシ稼働日)

マック事務所のアシたちは、
水曜日にマック先生のマンションに行き、
原稿が上がるまでずっと泊りになる。

 

僕が家が
三人のアシの中では一番遠く、
てチャリで45分くらいかかった。
他の二人は、結構近くに住んでいた。

それでも全員泊りだった。

 

通勤の時間が惜しいということだと思うけど、
個人的に、毎日ちゃんと帰れないのは
ちょっとキツかった。

 

当時、今の奥さんと同棲中だったんだけど、
週の半分以上は家にいない生活だったワケです。

 

始業時間、終業時間などは決まってなくて
結構テキトー

 

先生から、

「あ、じゃあ、そろそろ寝ていいよー」

って声がかかるまでやり続ける方式。
それも個人的にはキツかったなー。

 

■食事

基本、先生から声がかかるの待ちだった気がする。

「キミたち腹減ったらメシ行って来たら」

って声がかかったらメシ。

いつまで待っても声がかからず、

どうしようもなく腹が減ったらアシの方から声をかける。

「すいません、腹減ったんで、メシ行ってきてもいいですか?」


とにかく何も決まっていない、というのがストレスだった。


後にマック先生本人が言っていたけど、

「俺は漫画だけ描いていたい。
他のことは、テキトーに上手いようにやっといてと誰かに丸投げしたい」

のだそうだ。

 

実際に、マック先生の口癖は、

「上手い具合にテキトーにやっといて」

だった。

 

この仕事場は、チーフアシスタントという存在も決まっていなかった。

 

アシの中で一番年上のカクガリさん(仮名)は、
僕より5~6歳年上だった。


マック先生の以前の連載時のアシスタントだったようで、
先生のことを「マックくん」と呼んでいた。

客観的にみて、どう考えてもこの人がチーフアシである。

 

もう一人、先生ともカクガリさんとも古い付き合いらしき
僕より2歳ほど年上のアロハさん(仮名)

そして僕。

レギュラーアシ3人は、全員マック先生より年上だった。

 

問題は、カクガリさんにチーフの自覚がまったくないことだった。

「マック先生からチーフを頼むと依頼されていないので
自分はチーフではない」

というのがカクガリさんの理屈。

だけどアロハさんは、年も少し若いし僕は新入りだし、
やはりカクガリさん以外にチーフはあり得ないのだった。

 

だけどカクガリさんに自覚はなく、

チーフ的な役割も果たさず、アシとしての仕事をこなすだけ。

マック先生「誰かテキトーにやって」だし、

毎週原稿は上げていたが、

職場としては、働きやすいとは言えなかった。 

 


週刊連載なので、担当編集者さんが頻繁に事務所を訪れた。

その時に持ってきてくれる「すき焼き弁当」がメチャ美味で
楽しみの一つとなった。

つづく…

 

アナログアシ時代の思い出 その16 おわり

 

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